2023年10月9日月曜日

第5話 原発事故がもたらした認識の新しい歴史 人々は哲学者になりました (2023.10.9)

 アレクシェービッチ・スベトラーナはこう言う。

 チェルノブイリ事故は大惨事以上のものです。よく知られた大惨事とチェルノブイリとを同列に置こうとしても、それではチェルノブイリの意味が分からなくなります。‥‥ここでは過去の経験はまったく役に立たない、チェルノブイリ以後、私たちが住んでいるのは別の世界です。前の世界はなくなりました。でも、人々はこのことを考えたがらない。(今まで)こんなことを一度も深く考えたことがないからです。不意打ちを食らったからです‥‥

何かが起きた。でも私たちはそのことを考える方法も、よく似た出来事も、体験も持たない。私たちの視力、聴力もそれについていけない。私たちの言葉(語彙)ですら役に立たない。私たちの内なる器官すべて、そのどれも不可能。チェルノブイリを理解するためには、人は自分自身の枠から出なくてはなりません。感覚の新しい歴史が始まったのです(「チェルノブイリの祈り」31頁)。

 彼女の「チェルノブイリの祈り」の冒頭に登場する消防士の妻リュドミラと7年ぶりに再会したアレクシェービッチが交わした会話。リュドミラは事故から2年後に再婚し、男の子を出産した。

あれだけのことがあったんですもの。私はもう健康な子は産めないと思っていました」
「それでもあなたは産もうと思ったのね?」
「もちろんです。これは私にとっての十字架なんです


リュドミラの両親のもとで暮らす息子トーリャに会いに行った
アレクシェービッチが彼と交わした会話。

あなたがママと住んでいたキエフのアパートは、原発の近くから来た人が多いのね?」
「七階のインナおばさんは、僕たちの部屋によく来ます。チェルノブイリで働いていた旦那さんを亡くして寂しいんです。五階のコースチャおじさんは、たくさんの病気を抱えています。働くことができないので年金しかもらえません。たくさんの人が亡くなってゆくのを見ました」
「あなたはあの事故の後に生まれたのに、そんな中に住んでいるのね。多くの人や若い人も死んであなたは怖くない?」
「もちろん怖いです。でも原因が分かる死です。
逃げ場はありません。
逃げ込める場所などどこにもないんです


 アレクシェービッチ・スベトラーナは言う。

農民は自然とともに生きています。
そこで私は何を見つけたでしょう。

学者や政治家 軍人は放心状態でしたが、
村の老人たちの世界観は崩れませんでした。

人々は哲学者になりました。

誰もが不可解な現実を前に
一対一で向き合うことになったから。

私たちが経験してきた恐怖は
戦争に関することばかり

でも ここでえは木々が青々と茂り
鳥たちも飛び回っていました。

しかし 死がそこにあることを 人間は感じました。
目に見えない 音も聞こえない 新しい顔をした死

私は思いました。
「これは戦争だ。未来の戦争はこんなふうに始まる。
でも、これは前代未聞の新しい戦争だ」

0 件のコメント:

コメントを投稿

第2章:「人権」を取り戻すための「チェルノブイリ法日本版」

放射能災害に対する対策は完全に「ノールール」状態 311後、福島原発事故で甚大な「人権」が侵害されているにも関わらず、これを正面から救済する人権保障の法律も政策もないという異常事態にあります。第1章で述べましたが、「人権」とは、命、健康、暮らしを守る権利のことです。 国や福島県は...